コロナ禍で可視化された世界の課題

このコロナ禍において、感染者は世界で700万人を超え、死者も40万人以上となりました。新たなホットスポットが世界の様々な地域に移っていく中、感染者数が一旦減少したとしても、このグローバルのつながりの中で一巡し、再発することもあるでしょう。馴れや気の緩みが怖いと思います。人々の行動を左右する、情報の正確さ、伝わりやすさやスピードなどが、今回のような事態への対応において非常に大きな影響力を持ちます。危機広報・コミュニケーションがここまで重要度の高い危機は私の国連でのキャリアの中で初めてです。

パンデミックがもたらす影響は平等ではなく、弱い立場の人に、より大きな影響が出ています。コロナウイルスの感染拡大により、世界の不平等が一気に、そして顕著に可視化されたように思います。例えばジェンダーの不平等。女性は非正規雇用も多く、企業活動が縮小されるとまず解雇されるのは女性というのが現状です。先進国のブランドが途上国でのアウトソーシングをストップすると、途上国でファストファッションなどの縫製を主に担っているのは女性で、最初に雇用を失うのは彼女たちになります。また教育においても不平等が生じます。休校を余儀なくされた状況に、先進国はオンライン学習に切り替えることができても、途上国では代替手段がなく、教育を受ける機会そのものを失ってしまうのです。

社会経済活動縮小で“改善された”環境問題

それから気候変動と環境破壊。皮肉なことに、コロナ禍の社会経済活動封縮小を受けて、CO2の排出量や各種の汚染レベルが低下し、自然界における本来の姿、空や海の青さを実感した人も多かったでしょう。もちろんこれだけの痛みを伴った上での結果ですが、実はコロナ禍においてもサイクロンやハリケーンが各地で発生しており、被害を受けた途上国の復興にはいつも以上に時間がかかることが懸念されます。気候危機に対する取り組みを一時とも忘れてはなりません。

今後、より包摂的・公正・グリーンで持続可能な社会づくりを目指していく中で、SDGsはまさに道筋を示す羅針盤になります。今回のコロナ禍で表出したさまざまな課題を意識し、今こそ「より良い復興(Build Back Better)」を目指すときです。SDGsの達成期限である2030年までの「行動の10年(Decade of Action)」は、行動の規模を拡大し加速化する必要があります。ありがたいことに、最初は企業が関心を示してくれたSDGsに、最近は若者が非常に高い関心を持ってくれています。小学校でもすでにSDGsについて学び、子どもや若者がSDGsを達成するには何をすべきか考え始めています。今後はこのような若者層を中心にこの考え方が広がっていくことを期待したいと思います。

必要なのは大きな連携・連帯

このような大きな社会課題には、一つの会社や、一つの国だけでは対処できません。垣根を超えた横のつながりを作り、活用することが必要です。今回のコロナ禍は、医療危機だけではなく、人権の危機、人道の危機、社会経済の危機、開発の危機とあらゆる危機に広がり続けています。そこで国連は、世界のコミュニケーターたちに彼らのクリエーティブなアイデアで国連の活動に協力しほしいと公開ブリーフを通じて呼びかけたのです。

※公開ブリーフとは:国連パートナーシップ事務所がグローバルな新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対策を促進すべく、3月30日(英国・ロンドン時間)にクリエーティブ産業にコンテンツ作成の協力を呼び掛けました。世界保健機関 (WHO)と国連が優先する6つのアクション(キーメッセージ)を促進するためのコンテンツ作成に関する公開ブリーフ(Open Brief)が、Talenthouse上のページに掲載されています。

「What、Why Care、What Now」のナラティブを紡ぐ

フィジカル・ディスタンスの重要性や、デマへの対処の仕方、またはコロナウイルス感染症状の正しい理解など、科学者や専門家が伝えたいことをコミュニケーターがより平易で分かりやすい言葉で伝えてくれるのは、極めて重要な意味を持ちます。実際われわれは、単に国連の活動を発信するのではなく、「何が問題で、なぜあなたに関係があり、共感してもらいたいのか、そしてあなたは何ができるのか」をきちんと伝えること、すなわち「What、Why Care、What Now」というナラティブの形での理解・浸透を日頃から心掛け、公開ブリーフが求める内容もこの3Wが通奏低音としてあります。

最終的にこのブリーフに対して、140を超える国々から、16,000以上の作品が寄せられ、公開されました。また作者をクレジットすれば誰でもこれらの作品を自由に使えるという仕組みとなっています。この公開ブリーフへのコミュニケーション業界からの関心と、生まれた連携について、非常に勇気づけられ、また感謝しています。また危機に共に立ち向かい、世の中を勇気づけるこれらの活動は、一般の人々の間でも自主的に起こっています。国連ではそのようなローカルヒーローを取り上げ、積極的に紹介もしています。実はこのコロナ禍では日本からも多くのストーリーを国連本部と共有しました。例えば全国160社の花火業者の方々が連携し、悪疫退散祈願の意味で全国で花火を打ち上げた活動は人々を励まし、明るくしたと思います。今回のこのWebサイトでも世界のグッドニュースが採り上げられていますが、これらのストーリーが共有され、共感をもって拡がることで、人々を勇気づけ、連帯や思いやりの精神を浸透させ、今後の社会の指針となるよう願っています。

一方で国連は、新型コロナウイルス感染症にまつわるデマの蔓延と戦うため、信頼できる正確な情報を増やし、普及させるためのイニシアチブ「Verified(ベリファイド/検証済み)」も立ち上げています。新型コロナウイルスが引き起こす3つの感染症、“病気”“不安と恐怖”“差別と偏見”の負のスパイラルに陥らないよう、インフォデミックへの対策も進めています。

社会を動かすコミュニケーションの力

一方で、外出の自粛要請などで、DVから逃げられなくなった人が多くなり、日本でもメディアで取り上げられることとなりました。こうした課題の認知啓発だけでなく、具体的な対策や支援につなげることで、コミュニケーションの力、メディアの力が発揮されます。

今後のフェーズでも政府だけでなく、生活者一人一人も加わって、みんなでいろいろ頑張らなくてはいけません。ここまであらゆる層、あらゆる国、社会のさまざまなところに影響を与えたコロナウイルスに対し、自分ゴト化し何ができるのかを考え、取り組んで欲しい。そういった連携・連帯を生み出すため、コミュニケーションは大切だし、コミュニケーションの力が試されているところでもあると思います。

接点を見つけて人を巻き込む

人を巻き込むには、それぞれの人との接点を見つけ、理解・浸透を図っていくことが重要です。人によっては、より音楽に反応する人もいたり、美術に反応する人がいたり、また料理に反応する人もいるでしょう。そういった人とのつながりを生み出すコミュニケーションプランに、川上から関わり、戦略部分から参加してもらうことが必要です。こういった取り組みを通じて、今こそ、国連とクリエーティブ業界、コミュニケーター業界全体が協力し、正解のない中、共にニューフロンティアに立ち向かっていくときだと思います。

国連広報センター所長

根本かおる

東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院より国際関係論修士号を取得。1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月より現職。2016年より日本政府が開催する「持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議」の構成員を務める。著書に『難民鎖国ニッポンのゆくえ - 日本で生きる難民と支える人々の姿を追って』(ポプラ新書)他。