バーチャルプラットフォームとして思い出すのが“Second Life”だ。これは3DCGで構成されたインターネット上の仮想世界。米国Linden Lab社によって提供され、ユーザーはバーチャルな世界で好みのアバターになり、現実世界と異なるもう一つの生活を楽しむ。2003年に正式オープンし、2006年にはアカウントが100万人を超え、最盛期で1600万人のアカウントを抱えた。この空間では、土地の売買や金融取引、また商店の開業や各種の商品販売なども行われ、仮想空間での一攫千金を狙うユーザーもこぞって参画。各企業もこのバーチャル空間に進出し、土地を買い、店を開き、そこを拠点にイベント開催などのプロモーションを行った。仮想空間であり、メディアでもあった。また住人は純粋にその空間を巡り、観光などの娯楽を楽しむ者もいた。この勢いに乗り、日本でも2007年に積極的に紹介されたが、その年のリーマンショックから世界的に景気は落ち込む。この実験空間での経済活動も連動して停滞し始め、2009年には日本の関連事業者も撤退する。Second Lifeの敗因は何だったのか。それは一つの空間に集まれる人数が少なかったこと、また区間をどんどん広げていけるため、逆に人がいない、出会わないという過疎の環境が生まれやすかったことだと言われている。たとえバーチャル空間であっても、人は集まり同じ空間を共に楽しむという欲求を持ち続けるということなのだろう。

人気ラッパー、トラヴィス・スコットが選んだ空間は「Fortnite」だった。コロナ禍でエンターテインメントイベントが軒並み中止を余儀なくされ、もうリアルなイベントは誰もできないのかと多くの人々が肩を落とした。それはファンである顧客のみならず、アーティスト側も当然のことながら大きなショックを受けた。グラミー賞やスーパーボウルのゲストとしても活躍し、大躍進中のトラヴィスも同様に、活動の場を失いかけていたのだ。そこで彼は、3億5千万人のユーザーを誇るオンラインゲーム「Fortnite」の中にステージを求めた。これはオンラインシューティングゲームで、1000万人以上が同時にプレイすることもあるという。集い、協力し、一つのミッションを達成するゲームだが、モノや施設をつくる、組み立てるなどのクラフト的な楽しさもある。ベースはありながらも、自身の世界観をそこに移植していけるわけだ。トラヴィス・スコットは、強烈な自己表現者として「Fortnite」上に降臨したわけである。

via Twitter/@FortniteJP, Image : gettyimages

トラヴィス・スコット

1992年4月30日生まれ。米国テキサス州ヒューストン出身のラッパー。2012年にメジャーレーベルのエピックレコードと契約した後、カニエ・ウェスト率いるグッドミュージック、2013年にはT.I率いるグランドハッスルと契約する。2016年、2作目のアルバム「Birds in the Trap Sing McKnight」が初の全米アルバムチャート1位を記録。2018年、3作目のアルバム「ASTROWORLD」が批評家から高く評価され、シングル「Sicko Mode」が初の全米シングルチャート1位を獲得。第61回グラミー賞では最優秀ラップパフォーマンス、最優秀ラップアルバムなどにノミネートされ、さらに評価を高めた。

Fortnite

Epic Games社が販売・配信するアクションビルディングゲーム。約2km四方の小さな島で100人のプレイヤーが戦い、最後まで勝ち残った1人もしくは1組が優勝するというバトルロイヤル型ゲーム。同ジャンルのほかのゲームと異なり、ポップでユーモラスなキャラクターが特長で、みんなでワイワイ盛り上がりながら楽しくプレイできる。また「スキン」と呼ばれるコスチュームが用意され、定番のミリタリー風に加え、動物の着ぐるみ、アフロヘア、スーパーヒーロー風などバラエティ豊かにそろう点が人気。3億5千万人のユーザー数を背景に、音楽業界や企業とのコラボイベントも多数行われている。

トラヴィス・スコットが行ったのは「Astronomical」というタイトルのたった10分にも満たないバーチャルライブ。これに参加するために、1230万人が「Fortnite」を訪れた。東京都の人口が1395万人だから、推して知るべし。とてつもない人数がこの10分間に殺到したわけだ。通常のリアルイベントであれば、収集がつかない事故案件となっただろう。しかし、「Fortnite」にはこれを十分受け入れるポテンシャルがあった。そして、ここは彼の演出を最大限に発揮できる場でもあったのだ。実際、ライブ開始とともに超巨大化したトラヴィス・スコットが登場し、歌いながら「Fortnite」内を練り歩き瞬間移動を繰り返す。楽曲ごとにフィールドが変化し、アバターである参加者は、火の雨にさらされ、水中世界へと引きずり込まれ、最後には宇宙空間へ放出される。そのスピーディなゲーム感と、ビートにシンクロして光や衝撃波が走るなど音楽の高揚感を高めるクリエイティブな映像演出は、まさに仮想空間の可能性を見事に使いこなしたものだった。想像を超えた世界観にユーザーたちは熱狂した。

開演までの時間の演出も、バーチャルならではの面白さが活かされていた。まず運営側からのアナウンスがある。“開場はショーの30分前。早めに入って場所を確保すべし!” 居場所の確保は実際のフェスでは当たり前だが、バーチャル上でも同様に行動するよう促される。ただし、そこはサバイバル空間の「Fortnite」。見知らぬ敵に撃たれて死ぬことなく行進し、ステージまで辿り着かなければいけない。ライブが始まる前からハラハラドキドキさせられるのだ。リアルと仮想空間での出来事がシャッフルされる体験は、参加者にとって初体験だったのではなかろうか。また参加の仕方も色々あり、「Fortnite」のプレイヤーとしてライブに参加するほか、ゲームの実況中継をするライバーたちの配信でイベントを体験したという人も多くいたようだ。オンラインゲームをプラットフォームにしたからこそ、多様な楽しみ方が可能になった。ちなみに、このYouTubeの映像は2020年5月末で4600万回を超えたという。

そもそも、このバーチャルライブはトラヴィス・スコットの3枚目のアルバム「ASTROWORLD」の世界観を具現化したもの。このアルバムは彼の幼少期の原体験から着想を得た。本人も公言しているが、このタイトルはテキサス州ヒューストンにかつて存在した「Six Flags AstroWorld」というアミューズメント・パークの名前からとられた。数多くの絶叫マシーンを心ゆくまで楽しめることで知られていたこの遊園地は1968年に開園。地元の住民たちに長く愛されたが、2005年に解体される。彼にとって相当に思い入れの深い場所であり、今作のリリース時に「地元から奪われたアストロワールドを自分が取り戻す」と語っていたそうだ。今回のバーチャルライブにおいて、かつての遊園地での体験をダイナミックに再現し、多くの人々と共有したというわけだ。

さて、今回のチャレンジは各方面から、「バーチャル空間ならではのライブとして、それを支える技術と環境の融合を果たした歴史的ターニングポイント」と評価された。しかし一番凄いのは通常1年かけて行う世界ツアー興業の収益をこの10分間で稼ぎ出してしまったことだろう。行き場なく訪れたバーチャル空間が、実はアーティストにとって全くのブルーオーシャンとなった画期的な出来事だ。「ライブイベントはリアルで」という人々の固定概念を打ち砕いたのだ。

この成功要因は、Second Lifeのような人々の目的がカオスな場ではなく、「Fortnite」のユーザーというある種の共通項を持つ参加者の世界で、その嗜好にピタリはまった世界観を提示できたことに尽きるだろう。「Fortnite」と言えば過激なシューティングゲームとして有名だ。そのサバイバル感は半端ない。重火器をも使い、建物や人を撃ちまくり、破壊しまくる。そして、ラッパーも物騒な言葉を激しく発し、その姿は金ピカゴージャスで目が眩む。そう、やはり価値観や世界観が通底しているようにも思えるのだ。感情移入ができれば、さらにその関係性は深まる。実際の参加者は「トラヴィスがまるでそこにいたように感じた」と語る。彼らもバーチャル空間に入っていたのにも関わらずだ。もしかすると、トラヴィス・スコットに関心のなかったユーザーもたまたまこのライブに出会い、魅了されたこともあるかもしれない。これもまた新たなファン開拓に繋がっているはず。これまでのリアルイベントで、遠く離れた距離から音楽を聴くという体験よりも、むしろオンラインで参加した方がそのリアルさを感じるという逆説。しかし、これこそが今後のエンターテインメントの在り方になるのかもしれない。

このようにある目的達成に適した新たなプラットフォームへ、新たなターゲットとの接点を求めて踏み込んでいく事例をカンヌライオンズから拾い上げてみたい。「To The Last Tree Standing」はポーランドのGREENPEACEが取り組んだキャンペーンだ。ポーランドとベラルーシの国境地帯に広がるビャウォヴィエジャの森は、ヨーロッパ最後の原生林。ユネスコの世界遺産にも登録されている。しかし、違法な伐採が後を絶たない。取り締まりを行うべきポーランド政府さえも、伐採に対する抗議活動を却下するなど、森林の保護にはなぜか消極的であった。この森を保護するために環境保護団体GREENPEACEが立ち上がる。彼らがターゲットとしたのは、世界中で人気の「MINECRAFT」というゲームのユーザーだ。ポーランドでは800万人のゲーマーがいるが、そのうち実に80万人は「MINECRAFT」のプレーヤーであるという。では、なぜ「MINECRAFT」ユーザーが森林伐採を止める主役となり得るのだろうか。

「MINECRAFT」は主に立方体のブロックで構成されたバーチャル空間。プレイヤーはそのブロックを原則自由に設置・破壊できる。家屋や道路、橋など、自分の世界をどんどん拡張していけるのだ。地上にはそれらの素材となる木々が茂り、地下には松明の材料やかまどの燃料となる石炭の他、鉄や金、エメラルド、ダイヤモンドなど様々な鉱石が埋蔵されており、それらを使うことでより良い生活ができるようになっていく。まさにリアルな世界と同様なのだが、個人の暮らしを組み立てるうえでそれらの資源に接することで、自ずと自然環境への意識が芽生えるとの評価もある。最近では教育現場でも様々な目的で使用されており、エンターテインメントゲーム以外の使われ方も浸透してきている。親世代も「MINECRAFTなら、学びもあるしいいか」と子供たちがゲーム漬けになっていても許容しがちだ。そんな若年層も多いゲームプラットフォームなのである。GREENPEACEはこの「MINECRAFT」内に先のビャウォヴィエジャの森を登場させる。それは500億個ものブロックを使い、700万本の木を植えてバーチャルの世界に描いた広大な森。即座にゲームファンからの注目を集め、オンラインニュースでも大々的に取り上げられた。その美しい森林を眺めながら、プレーヤーはその周辺に様々な建築や造作を施す。その土地を愛し、森林を愛した。しかし事件が起こる。GREENPEACEはある日突然、たった1本を残し、全ての木を切り倒してしまうのだ。美しかった森は、切り株だらけの殺伐とした景色に変わり果て、その姿に多くのユーザーが衝撃を受けた。なぜこんなことが起きたのか…。たった1本だけ残された木の麓で、ユーザーはその事実を知る。そう、これは近い将来のビャウォヴィエジャの森だったのだと。「MINECRAFT」内のみならず、リアルな世界でも同じく、このままでは1本の木さえも残らないかも知れないのだと。

例えば、このような課題に対して働きかけるターゲットを想定した場合、実際のところ日頃から森林伐採に関心のある人はどれだけいるだろう。その森がなくなり、あるとき宅地造成されていたとしても、世の中の人々は便利になったくらいにしか思わない。なくなったものの影響よりも、できたモノに目が行くから。不都合な真実には誰もが目を背けてしまうものだ。前向きな意志を持つ人を見つけられないのであれば、新たなターゲットを見つけ、巻き込んでいくしかない。「MINECRAFT」ユーザーは前述の通り、ある種の環境意識を身に付けている。そしてもう一つ忘れてならないのは、その多くが若年層ユーザーなのだ。ポーランドでは、嘆願書への署名は年齢にして13歳以上のものが有効票として価値を持つ。この若年層は、まだ様々な政治的方針に巻き込まれておらず、純粋な意見を発信できる存在でもある。GREENPEACEは、政治がそのしがらみによって動かないことを理解し諦め、生活者からの声を最大限に拡大すべく、若い彼らに直接アプローチし、自然環境の危機について伝え、彼らの素直な意見を署名として集めたわけである。このキャンペーンは1億人の人々にリーチし、森林保護を訴える嘆願書で17万人の署名を獲得している。伐採を容認し続けていた環境大臣はようやく罷免され、伐採は禁止となったのである。環境意識の高い、政治方針に左右されない、署名への有効票を持ち、素直に自身の意見を言える人々に接点を持てる「MINECRAFT」、そこが世の中を動かすのだ。

To The Last Tree Standing

伝えたいことを効率よく伝えるための“場所”選びというのはとても重要だ。しかし、その“場所”というのは物理的なスペースのみを指していない。そこに紐付くターゲットと、伝えるに適した環境が整っているかどうかが大切だ。世の中の環境が変わり、価値観も変わり、それが加速度的に変化している。それもすぐに気付くほどの激変度合いなのだ。ターゲットの生活様式も価値観も変わりゆく中、その変化の先を捉えた上でコミュニケーション戦略を練らねばならない時代。時にターゲットの懐に入り込むことは極めて重要で、同じ立場となって共に体験を創ることによって、さらなる発見をすることもあろう。しかし、これまでの企業は既成イメージを逸脱することにはなかなか踏み切れないでいた。これからは、今世の中に起きている事象の全てに向き合い、飛び込んでいく姿勢と勇気を持たなければならない。そしてそれこそがネクストスタンダードを生み出す唯一の方法なのだ。しかし、革新は荒廃へのカウントダウンでもある。一つの成功体験に大勢が群がれば、それはアッという間に飽きられ、廃れてしまう。結局のところ我々は常にチャレンジしていかねば生きていけない。