美術鑑賞が苦手だ。何をどう観ていいのかがわからない。例えば、その画家の人生にまつわるストーリー、その画家の偉大さや技法についてのトリビア、作品の評判や作品そのものが紡いできた歴史など、聞けばなるほどと理解するし興味も湧く。しかし、いざ美術館へ足を運び、著名な絵画や彫刻を目の前にしても、あまり感慨に至らない。不幸だと思う。いい絵を観て感動する、何か自分の人生の肥やしになるようなヒントを見つける、自分でも何か描いてみようと思うなど、「ガーン!」「ジーン…」というのを本当は感じてみたいのだ。絵画教室の先生が、「画は少し離れて全体を感じ、少し近付いてその筆遣いを楽しむ。自分が何かを感じた作品だけをじっくり見ればいいし、全ての作品に何かを見つけようとしなくてもいい」と言っていた。ありがたい。それなら自分にもできそうだ。そう思いながらも、未だその“出会い”の感覚を抱くことができない。とはいえ、大抵の人は美術館が好きで、何度も同じ展示を観に行く人も多いだろう。ようやくコロナ禍が一段落し、美術館や博物館の閉鎖も解かれる状況に至っている。「やはり美術鑑賞はリアルでないとね」と多くの人は思っており、この再開については大歓迎のはずだ。しかし、外国ではこれらの人の集まる場所の開放が先送りになっているところも多い。そんな中、新たな美術鑑賞のやり方が始まっているという。

今回のコロナ禍で、当然のことながら美術館や鑑賞ツアーなどの業界は観光産業同様に大きな打撃を被っている。外出制限、ソーシャルディスタンスが浸透しつつある中、入館者は減り続けている。そもそも美術鑑賞においては、絵画にも彫刻にも触れない。しかし人の集まる場所が、すでにみんな怖いのだ。そこで、イギリスのヘイスティングス現代美術館が新たなチャレンジを始めた。それが「Hastings Contemporary Robot Tours」だ。

Image : HASTINGS CONTEMPORARY

これは参加者があたかもその場にいるような視界を得られる高品質カメラと、電動立ち乗り二輪車「セグウェイ」のように自立バランス型車輪が付いた機動力の高い「テレプレゼンス・ロボット」を操作し、ツアーガイドと共に美術館を巡るアトラクションだ。英国アクセンチュア社と西イングランド大学のブリストル・ロボティクス研究所が協働で開発しローンチした。元々このギャラリーへの見込み客への体験用に計画されていたものだが、それを実際のツアーに適用してしまったのだ。当初の目的からすれば、その美術館の概要がわかればいいくらいのクオリティを目指していたものの、このトライアルで各絵画をじっくりと観て回り、その細部も楽しむのに十分な性能を発揮するまでに至ったという。

参加者は一度に5人まで。開始5分前に参加のためのURLが配布され、事前の設定やソフトウェアのインストールなしで楽しめる。ロボットは2台1組で、1台はツアーガイド、もう1台を参加者が操作する。ロボットの操作は簡単だ。ロボットとユーザーのカメラを接続するウェブブラウザを使用し、操縦はキーボードの矢印キーで行う。高精細カメラにはズーム機能も付き、実際に絵画鑑賞するときよりもその細部を見ることができるなど、新たな楽しみ方も生み出しているという。車輪はセルフバランス機能で安定走行ができ、また約120~150cmの範囲で高さの調整が可能で、各所で最適な動きが実現する。通常のギャラリーツアーでは、静かに厳かにガイドの話を頷きながら聞き、わからないことも何となく恥ずかしいので聞かず、受動的に過ごすというのが大半だろうが、これを変化させたことは特筆すべき点だ。このロボットツアーでは、参加者はよりオープンな気持ちになり、ガイドや参加者と活発にコミュニケーションし、おしゃべりし、質問したという。これまでの美術館巡りにはない極めてエキサイティングな体験をしたようだ。さらにこの体験を魅力的なものにするため、対面型ガイドの提供やリモートで行うキュレーション、事前録画されたビデオを活用したガイドなど、バーチャル空間の拡張実験が行われているという。現在、ヘイスティングス・コンテンポラリーでは週に4回、1日30分のロボットツアーを提供している。関係者は、このロボットツアーが多くの関心を集めていることに満足しており、近い将来、全ての人が利用できる方法を見つけたいと語っている。また現地の子供たちを対象に、ロボットを活用したインタラクティブなアートクラスも開催していくという。

非営利で営まれるこの美術館は、州からの補助金を受けているがそれは運営費用の2割に満たない。それ以外はチケット販売や会場レンタルなどで何とか運営しており、展示を閉めていればその運営はすぐに危うい常態に陥ってしまう。同様の小さな美術館も同じ状況で、今後それぞれがこのような苦肉の策を徹底的に試して改良し、継続する手段を模索していくことが必要とされている。かろうじて良かったのは、この方法によって障がい者やシニア層、遠い外国に住む人々に、これらの美術作品を鑑賞できる機会が発見されたことだ。さらにはこのバーチャル来館者が増え、逼迫する収益が少しでも緩和され、コロナ禍解消後の新たなチャンスとなることを期待したい。

観光の方でも新たな取り組みは始まっている。年間で6万人の観光客と5万人のクルーズ船客が訪れるフェロー諸島は、スコットランドのシェトランド諸島とノルウェー西海岸、アイスランドの間にある18の小さな島からなる北大西洋の諸島だ。デンマークの自治領であり、デンマーク本土、グリーンランドと共にデンマーク王国を構成し、面積は1400km²、人口は5万人弱を数える。羊の放牧が有名で、諸島内には8万頭がいる。産業の中心は漁業だが、音楽や伝承の宝庫であり、観光需要も高い。それらは古い北欧の文化を残すもので、ノルウェーやアイスランドともまた違うのだという。そして、観光の目玉は、祭りやクリスマスなど時季折々に欠かせない“チェーンダンス”である。このダンスは先導役に合わせて島の古い民謡を大合唱しながら足を踏み鳴らすもので、バイキング時代には北欧で広く行われたようであるが、現在ではなぜかフェロー諸島にしか残っていない。7月に行われるフェロー諸島の最重要行事であるオラフ祭では、国会議事堂前の広場に国中から人々が集まり、巨大なチェーンダンスが日暮れ時から3時間ほど続けられるらしい。なんと指揮を執るのは首相。これはバイキング時代の集会の名残と言われている。

Image : HASTINGS CONTEMPORARY

ご多分に漏れず、このフェロー諸島もコロナ禍において島外からの訪問は禁止された。そこでフェロー諸島観光局は、オンラインでこの諸島の魅力を体験できるツアー「THE FAROE ISLANDS VIRTUAL TOURISM」を開始した。ツアーの開始時間と共に、カメラを頭に付けた島民が参加者に成り代わり、島内の様々な場所を巡るのだ。フェロー諸島の険しい山々を探索したり、滝と滝のスペースを間近に見たり、地元の人々との対話を楽しみつつ伝統的な草屋根の家を見つけたりすることが可能。さらにはカヤックや乗馬、ハイキングなどのアクティビティさえも体験してくれる。実は参加者はオンライン上で見えているガイドに対し、ゲームコントローラーで指示が出せる。進む方向を決めたり、躍動感が得られるジャンプボタンを押すなど、その時々の行動をリアルタイムに感じられるような仕組みが取り入れられている。ガイドに馬に乗ってもらい、参加者がコントローラーで操縦する体験は大迫力でリアルに迫るものだ。そのツアーは1日2回、現地時間の14時から17時までの間に1時間ごとに実施された。そして参加者は、そのガイドを自由に1人2分ずつ操作できるのだ。

このツアーは人気で、通常時の年間観光客6万人に対し、2020年4月15日のローンチ後、たった2週間でなんと16万人が参加したのだ。実のところツアーは無料だ。しかし、コロナ禍で仕方なくキャンセルした人々、コロナ後にどこかに旅行したい人々の期待を高め、「きっといつかまたこのフェロー諸島に行こう!」と思ってもらう、旅行にいくときの最初の目的地にしてもらうことを目的に考えられた施策であった。その目論見は達成されたのではなかろうか。

現在においてもまだまだ外出できない国々がある中、このようなリモートツーリズムが多くの人々の心の鬱憤をはらす一助となっている。リモートツーリズムはフェロー諸島のみならず、観光収入に大きく依存するエジプトでも政府肝入りで始まっている。5000年前のメレスアンク3世の墓やメンナの墓など古代遺跡の中に入り、自分で操作しながら歴史を紐解くバーチャルツアーである。このように今回の外出自粛をきっかけにして、旅の在り方も変わるかもしれない。コロナ後において多忙な現代人が気軽に遠い地を訪れることができるリモートツーリズムは、そのクオリティをさらに上げ、新たなツアーの形として定着する可能性もあるだろう。

実はこのサイトのオープン前に計画していたカンヌライオンズのリアル展示も偶然にもこのフェロー諸島形式での実施を検討していた。我々もこのコロナ禍で、リアルな展示イベントを一旦諦めた者の一人だ。できればいずれリアル展示を実施し、インフルエンサーにガイドとなってもらい解説付きでみなさんにオンライン参加してもらうという形にすることを考えている。どうでしょう。興味ありますか? もちろんコントローラーと“ジャンプボタン”、さらには“ダッシュボタン”も完備です。

そういえば以前、オーストラリアのメルボルン観光局も、通常期の観光プロモーションとしてバーチャルツアーを実施したことがある。これは、ツアー参加者がメルボルンを訪れたときに試してみたいフードメニューやショッピング、様々な観光地訪問、アトラクション体験を、現地の代理人がリクエストに沿い巡ってくれるというもの。リクエストしたレストランや店舗などの情報はバーチャルマップ上で次々に記録され、リアルタイムでガイドブックが作成されていく。この自分仕様のガイドブックの他、ほかの参加者仕様のガイドブックも見ることができ、実際にこの街を訪れたときには何よりも頼れる情報になるというわけだ。最近、紙のガイドブックも廃れてきているが、バーチャル上の集合知によって最新のトレンドガイドを創る取り組みは、いまでも十分に活用できそうだ。

実はこれこそメルボルンのプロモーションが求めていた成果である。メルボルンは同じオーストラリアの都市に比べて、目玉になる大きな観光資源がない。その代わりに、数百という特徴ある店舗が存在しているのだ。これらの多彩さをアピールしたいが、通常のガイドブックで言えば、小さな店舗のカタログ的羅列のようになってしまう。訪問経験者が誰かにメルボルンの良さを伝えようとしてもなかなか伝わらない恐れがある。そこで、オンラインながらも、一つ一つの店舗での感動の体験を見せていくことで、訪問検討者の感情移入を引き起こした。感情的エンゲージメントを創り出し、ロイヤルティを生み出したのだ。そして、これらの映像などは期間中に1億5000万人に視聴されたようだ。バーチャルでの予行演習、その後、満を持してのリアルツアーへ。まさにこのキャンペーンネームは「go before you go」となっているが、今後の旅行の事前準備や段取りが、これまでとは大きく変わってきそうな気配を感じさせる。

このように固定概念を越え、様々なチャレンジによってその楽しみ方を変える、あるいは変わるということは、このような切羽詰まった状態でこそ生み出されていくのかもしれない。カンヌライオンズでも、美術展の新しい楽しみ方を開発した事例がある。それが「Van Gogh BNB」だ。

シカゴ美術館は「ゴッホ展」を開催するにあたり憂慮することがあった。それはこのような有名な美術展は頻繁に開かれており、人々が関心高く来館してくれないのではないかということ。さらには今後もこのままでは、段々と有名画家の作品展もカタログなどを見ることに置き換わり、みんな満足してしまうのではないかということだった。そこで何か新たな側面で、人々がゴッホに関心を持ってくれる方法はないだろうかと考えた。そして考え出されたのが“画を知ると共に、その画家の人生をより深く知る”ということ。冒頭に述べた“絵画には興味が湧かないが、その画家の人生を語るストーリーには惹かれる”というインサイトからのアプローチだ。ここでは展示予定だった作品「The Bedroom」(ゴッホの寝室)をそのまま3次元化し、実際の部屋として体験できるようにしてしまったのだ。“これまでの絵画を眺めるという楽しみ方を拡張し、絵の中に入ってしまう”ということ。まさにこれまでの常識を超えた絵画展の楽しみ方、没入体験(イマーシブ)の創出だ。

2次元の世界をそっくりそのまま3次元に創り出すにあたっても、透視画法や色、寝室のディテールを見事にそのまま実現させており、そのクオリティにも定評がある。そして、実際にこの部屋に宿泊するにあたり不可欠なキッチンやバスルーム、リビングルームも完備されている。絵画にある“寝室”以外も造られており、宿泊客は快適に夜を過ごすことができるのだ。さらにはテレビやWifiも使用可能というのも気が利いている。この部屋は、Airbnbで予約する場合10ドル(約1100円)で宿泊可能だ。この「ゴッホの寝室」のレプリカは2部屋用意され、ミュージアムと近隣のアパートにそれぞれ設置された。ミュージアム構内に復元されているものについては、より没入体験できるように大きなスクリーンでゴッホの手紙やスケッチが写し出され、サウンド効果も駆使したデジタル体験ができるようになっている。

このアートと宿泊サービスの融合は、アートに造詣の深い人、またAirbnbのサービスを楽しみたい人という双方にアプローチする新しいマーケティング手法として斬新なアイデアと評価された。そして、実際の宿泊者はもちろんSNSにシェアをし、その感動体験を強く語っている。著名な絵画を3次元でリアルに体験するとどんな気分なのか。そんなことを考えながら絵画鑑賞するというのもオツだろう。ちなみに宿泊料金の10ドルには、個展のチケットも含まれているとのこと。こんな体験を通じてなら、きっと絵画に興味がない人も徐々にその世界にのめり込んでいけるかもしれない。

VAN GOGH BNB

このように従来の在り方を諦めねばならないときこそ、敢えて大きな変革を受け入れ、別のアプローチにトライしてみることで、思いも寄らない道が開けることもある。それまでの固定概念や既成イメージを取り払うということは大変であり、そのきっかけに遭遇することは希有であろう。しかし、今回のコロナ禍は、強制的にそういうタイミングを創り出した。これに立ち向かう中で、様々な知恵と工夫が生まれ、ニュースタンダードやニューノーマルが生まれ、定着していくことだろう。我々は自分自身でもこのきっかけを創り出せるはずだ。

例えば、映画の応援上映。これも静かに鑑賞すべき映画を、上映中に観客が大声を出し楽しむという新しいやり方だ。上映中に観客は声援を上げ、コスプレし、アテレコなども許される。盛り上がるシーンでは参加者全員で歓声を上げたり、ツッコミを入れたり、劇中のセリフを唱和したり…。またコンサートのようにサイリウム(手持ち照明)を持ち込んで楽しむなどもある。このように応援上映の醍醐味は“ファンが作品の興奮や感動を共有できる”こと。会場が一体となる楽しさがネットや口コミで話題になり、同じ映画に何度も通うファンが増えるといった現象を生み出しており、リピーター需要を高めたとも言われているのだ。これなどはネガティブな状況への対応ではなく、さらに場を楽しむための拡張提案となっており、現在の“常識”を超えて生み出されたものと言えよう。ちなみに、1975年のイギリスのホラーミュージカル映画「ロッキー・ホラー・ショー」では、同様に観客がセリフを叫んだり紙吹雪を飛ばしたり、コスプレをするなどの鑑賞スタイルがあり、“参加型映画の元祖”と称されているらしい。全く新しい話かと思えば、これも過去に学ぶものはあったということか。何かの決まり事を疑い、より良いものにならないかを常に考え、その慣習を打破する。そういった取り組みを自身ができたら最高だ。