“オープンソース”と聞いて思い出すのが、コンピューターのOS(オペレーティング・システム)としてその名を馳せた「UNIX」 (ユニックス)ではないだろうか。これ自体は大型コンピューターの制御などによく使われたが、日常の周りではMac OSやスマートフォンのiOS、AndroidなどもこのUNIXをベースに開発されていると聞けば、馴染みも深くなるだろう。UNIXはオープンソースとして生まれ、オープンソースにより磨かれてきた存在だ。オープンソースとは、その技術などを囲い込むことなく、誰しもが使え、その使用を通じて、使用者たちがさらに使いやすいようにとアップデートしていくもの。すなわち集合知で、常に進化していくのだ。これは学会と論文の関係性に似ているかもしれない。解き明かしたい一つの謎を、多くの研究者がそれぞれに実験・検証し、明らかになったことを論文として発表・共有していく。部分的な発見であったとしても、それをきっかけにまた新たな視点の実験や分析、検証が重ねられ、次のステップへと成果が進む。要は積み重ねだ。そして、忘れてならないのはほぼ無償で成し遂げられていくということ。まさに世の中を良くするための取り組みと言っていいだろう。特許や著作権といった、独占的で閉じたものにしないのがその核となる精神だ。オープンソースの特長は、新たな知識を積極的に他の集団と共有し、同じ文化を持つ集団が規模拡大していくことを目指すこと。集団規模が大きくなれば、カテゴリーとしての存在感が強化され、より定着していくこととなるわけだ。すなわち、オープンソースは関連するコミュニティを拡大していく効果を有しており、これからのニューノーマルにおいて、さらに台頭してくる概念として注目すべきであろう。

難しい話をしたが、オープンソースは何もテクノロジーのみに該当するものではない。このコロナ禍におけるロックダウンや外出自粛によって、日々の食事に困った人も多いだろう。外食できず、テイクアウトできる店も限られている。多くの家庭では気合いを入れ直して自炊に取り組んだり、若者たちの中には“初めての自炊”を始めた人もいるだろう。いくら料理に慣れていても、困ってしまうのが毎日の献立の組み立てだ。得意料理は限られているし、手に入る材料さえその種類が制限されている状態。毎日同じメニューでは飽きるし、もしそんな指摘を家族から受けようものならやり切れない。そんな苦境を救おうと料理界のカリスマであるミシュランの星付きシェフたちが立ち上がった。レストラン秘伝のレシピを、彼らは惜しげもなくソーシャルメディアで公開していく。通常、有名レストランのレシピというのは門外不出だ。何年もかけてその味を研ぎ澄まし、店の名物として「ここでしか味わえない!」と顧客を虜にする。しかしこのコロナ禍で、シェフたちはそんな囲い込み意識を捨てていったのだ。ミシュラン発祥の地フランスやイタリアの著名シェフらが、続々と自慢料理のレシピを無償で発信し共有していった。

地中海沿岸のマルセイユでは、ミシュラン二つ星のシェフであるアレクサンドル・マジアが、「家に閉じこもっていても作れるレシピ」としてソーシャルメディアに投稿。ミシュラン三つ星を獲得しているクリストフ・バキもまた、みんなの料理を手助けできるようにとレシピ公開に踏み切った。彼は「レシピをみんなのためにInstagramに載せるよう妻に説得された」とその背景を語った。実際のところは市場も営業停止であり、彼らが通常使うような食材は手に入らないという。そんな中でオリジナルに近い料理を、いま戸棚や冷蔵庫にありそうな材料のみで作り上げていく。そのため、一度学べばその後も家で再現できそうなメニューが並び、「今後も続けられそう」と人々は大歓迎だったようだ。

via Instagram/@alexandremazzia

もちろん日本でも同様の取り組みがある。代々木上原のミシュラン一つ星店「sio」の鳥羽周作シェフだ。コロナ禍でやはり店の営業が奮わない中、これまでにやったことがない安価なテイクアウト料理としてバインミーやお弁当に挑戦。新たなことに取り組みながらもっと役に立ちたいと、家で手軽にできそうな唐揚げや焼きそば、ナポリタンなど、通常店では出さないようなメニューを改めて研究し、レシピや調理のコツを発信している。さらに、外出自粛でよく購入するようになった惣菜パンなどのコンビニ食を、一手間かけたりちょい足ししておいしく食べられるアイデアも伝授。それらの情報はツイッターで発信されるため、なんと140文字で簡潔に伝わるよう考え抜かれている。まさに発信の仕方まで工夫された至れり尽くせりの取り組みなのだ。これらの取り組みによって、一流シェフたちにも新しい体験があったようだ。一流の食材にこだわるシェフが、一般家庭でも楽しめるレシピを次々と考案していくのは、普段なら時間を割けないチャレンジなのかもしれない。レシピを公開しているシェフたちは、口々に良い経験になったし、またこういった活動を続けていきたいと語っている。こういった自身の知恵を開くというオープンソース活動は、いずれきちんと自分への糧として戻ってくるはずだ。

一方、オフィスワーカーに貢献を果たしたオープンソースを紹介しよう。皆さんも体験している在宅勤務では、良いところ、悪いところが様々につぶやかれている。特に家ならリラックスして仕事ができそうなどと喜んでいた人には思わぬ落とし穴があったようだ。オフィスから享受していた、意外と気付かないベネフィットはその仕事環境。とりわけ、長時間居座ることとなるデスク&チェアの環境というのは大きいようだ。すでに肩こり、腰痛、偏頭痛と、オフィス並の労働を慣れない環境であるダイニングテーブルや、狭い小部屋の硬い椅子で続けたことによる健康被害が顕在化してきている。もちろんこういう環境下だし、覚悟を決めて適した机やイスを購入しても良いのだが、いつコロナが明けるのか、明けてしまえばまたオフィスだし…と、それを期待しつつ、値の張る家具を急ぎ購入してしまっていいのかと躊躇した人は多いはずだ。そんな折、デンマークのスタートアップが何ともありがたい情報をシェアしてくれた。それは彼らが開発した簡易デスク「#StayTheF***Home desk」。ちょっと物騒なネーミングにも思えるが、自宅で自粛をすることの嘆きを表現したハッシュタグから命名されたようだ。

via Instagram/@stykka.labs

オンラインですぐさま注文でき、自宅のドアの前まで配達してくれる。これはたった3枚の段ボールを折り曲げて組み立てられるもの。実際、私たちもこれを導入してみたら、何ともいい感じではないか。さすがは北欧製のデザインということで安っぽくなく、逆にお洒落な感じさえする。実はこれ、設計図もオープンソース化されていて、キットを購入しなくても段ボールとカッターさえあれば自作できるのだ。設計図を自分なりにアレンジすれば、子供用のミニミニデスクなんかも作れちゃう。「これ、普段使いでよくね?」というくらいのクオリティ。イギリスのメディアでは、このコロナ禍でのオープンソース提供をこぞって賞賛していたが、北欧の家具メーカーではこういった設計図をみんなでシェアし、いろんなところで役立ててもらうという思想が結構前から定着している。実はデンマークには、“Hygge(ヒュッゲ)”(居心地が良い、心が安らぐ)という文化が定着している。

国連が毎年発表する“豊かな国ランキング”を報道などで目にしたことがある人も多いかと思うが、2013年、2014年、2016年と頻繁に1位を獲得している。学力も常に世界上位、勤務時間も少なく仕事の労働生産性も世界5位だ。ちなみに日本は20位。週の平均労働時間が37時間とギュッと凝縮されており、ともかくデンマーク人は非常に効率よく働いているようだ。時間で管理される労働ではなく、集中して質の高い仕事をすることで、空いた時間を子供や家族、友人と家で食事をしたり、家のインテリアに手を入れたり、サマーハウス(共同所有の別荘)を購入して友人や家族と過ごしたりというのが彼らの生活スタイル。うらやましい限りだ。そして、もう一つ特筆すべきなのが消費税の高さ。しかし、これにもデンマーク人は満足しているという。消費税はなんと25%にもなるが、その見返りとして医療費や学費は無料だし、年金もしっかりと出るため何の文句も出ないそうだ。その安定感、安心感から、老後のための貯金をしている人はほとんどいない。将来に不安が少ないからこそ“今”を楽しみ、暮らしを充実させることにお金を使う。例えば、日々の生活を高揚させるような家具や食器など日用品のデザインにもとことんこだわるのだ。人と時間を有意義に過ごし楽しむといった共生文化の下、外食や服にはあまりお金をかけずに、豊かで充実したライフスタイルを実現しているデンマーク。そんな思想や姿勢が“オープンソース”を助長しているのかもしれない。

2014年頃には「Refold」と呼ばれるプロジェクトによって、たった4枚の段ボール基板から“スタンディング”“シッティング”“キャリーイング”という3形態に変化させられる段ボールデスクが生み出された。たった2分で折り畳むことができ、持ち運びも簡単。当然のことながら、リサイクルもしやすい素材でありながら、確かな強度も持っている。「Refold」はデザインを活用し、良いことに役立てることをその目標としており、この段ボール製デスクはユニセフと協力し、恵まれない子供たちの教育環境改善のためにも活用されているという。

最近では、同じく北欧家具メーカーである、スウェーデンのIKEAが社会のためのオープンソース化を行っている。それが「ThisAbels」。身体に障がいのある人にとって生活における基本的な行動は、例えば照明をつけたり、ソファから立ち上がることすら悪戦苦闘の対象となる。IKEAはスタイリッシュさが人気の家具メーカーで、そのデザインやリーズナブルプライスのファンは多い。しかし、ユニバーサルデザインのようなIKEAのソファも、障がい者にとっては例外ではなく扱いにくい家具になってしまうのだ。例えばソファ。誰もがリラックスできるようにクッションは柔らかくフカフカにし、ゆったりテレビが見られるように床に近い高さで、深々と沈み込むように座れる設計を施したソファーは、健常者には全く問題ないし、かなりの居心地の良さが実現されるわけだ。しかし、これを障がい者の側から見たらどうだろう。座面が低く、座れば沈み込んでしまうクッションは、座るときには多少勢いがあってもなんとか座れるが、立ち上がるときには逆に行動を妨げる。うまく立ち上がれず、手を着こうにも届かない。このまま動きがとれなくなるのではないかという恐怖さえ感じさせてしまうのである。例えばクローゼット。部屋の中で違和感なく見えるよう、また洋服を引っかけてしまわぬようごく小さく、おまけのように取り付けられた取っ手。しかし、腕や指に障がいがある人にとって、このドアを開けることだけでどんなに大変なことになってしまうか。もちろん、そういった不具合を解消した障がい者向け家具というものも世の中には存在する。そこは抜かりがないはず。でもこの家具は、IKEAの家具と比べると値段が約3倍に跳ね上がるのだそう。それは障がい者に対する追い討ちのようなもの。この課題を解消しようとIKEAイスラエルが取り組んだのが「ThisAbels」という取り組みである。世界中で売られているIKEAの家具は、障がい者に合わせて創られたものはない。そこで、障がい者の意見を聞きながら、IKEAが販売する家具に取り付けることで見違えるように使いやすくなる補助器具を設計。それを店舗で販売するとともに、世界 127 カ国のIKEAを通じて無料でデータを配布する仕組みを構築した。3Dプリンターがあれば、誰もがその補助器具を手にできるというわけだ。最大公約数を想定して設計された家具であっても、実はその対象は健常者がメインである。しかし、ごくささやかな仕掛けを施すことで、障がい者も含めたより多くの人のためのものになる。とてもインクルーシブなアイデアと言えよう。しかし、IKEAはCSRとして世の中に良いことをしただけではない。障がい者の人々も普通の顧客として理解し、彼らが喜ぶ対策を付加しただけなのだ。彼らを普通に事業活動に巻き込んでいる。この年、IKEAの関連製品の売り上げは約40% も伸びており、これまでとは違う新たなマーケットを拡張したということなのだ。

ThisAbels

オープンソースのもう一つの特徴、集合知によって磨かれるという部分を顕著にした事例も見てみよう。スウェーデン最大の不動産ポータルサイト「Hemnet Home」が、自社サイトに掲載されている8万6000戸の物件に対するアクセスデータを分析し、スウェーデン人にふさわしい家を設計し売り出した「The House Of Clicks」だ。

その数、200万人からの2億クリックが元データとなっているという。スウェーデンの人口は現在1000万人強。すなわち国民の約2割がこのプロジェクトに参加したことになる。その膨大なデータを解析したうえで、サイト訪問者がどのような家を望んでいるのかを実際の形にしていくという斬新かつ前代未聞のアイディアだ。まさに“クリックから生まれた家”というプロジェクト名の通りだ。

それらのデータをさらに2人の建築家が読み込み、デザインとして起こしていく。ビッグデータ活用が近年言われるが、とうとう建築・設計の分野にも採用されることになったわけだ。もちろん、人々はそれぞれ理想の家というものを、おぼろげながら頭の中に持っているだろう。しかしその要望は断片的であり、個別のパートについては明確な嗜好がありつつも、全体像を導き出そうとすると意外に漠としたものになってしまうかもしれない。そこで彼らはまずユーザーから集めたビッグデータを基にして、“スウェーデン人にとっての理想の家”を検証。その平均サイズや価格から、部屋やバスルームの数、何階建てかまでを割り出し、彼らなりの“スウェーデンの家はどう在るべきか”という視点から、2つのコンセプト「木製の赤いコテージ」「機能主義的な白い箱」を抽出し、それらのイメージをデザインに組み込んでいったのだ。​具体的には、1.5階建てという少しユニークな構造になり、広さ120㎡、3つのベッドルーム、吹き抜けのあるリビング、屋上テラスといった仕様が並んだ。デザイン画もあり、見た目は非常に開放感あるものになっている。さらに屋上テラスは、プライバシーが確保された防風対策のあるスペースであり、庭を造る余裕がない住宅地であっても日光浴ができる場所を提供する。建材は木材、外観は少し貨物用コンテナのような見かけであり、スウェーデンの伝統的コテージと同じ色調の赤いペンキが塗られている。

人は通常、他人と被ることを嫌う。同じ服装や行動など、人と同じシチュエーションを恥ずかしく思ったりする。しかし、この家は多くの人が潜在意識の中で追い求めていた理想の家なのだ。魅力を感じないわけがない。このプロジェクトは国内外のメディアで紹介されたところ、新しい建築の在り方として大きな注目を集め、わずか数週間で世界各国から600件もの予約申し込みがあったという。​またウェブサイトには187か国から46万件を超えるユーザーがアクセスしてきたという。

実は、これまで同サイトに訪れなかった新たなユーザーを獲得するという成果は、彼らが狙っていたことだった。このキャンペーンは、市場ナンバーワンとしての地位をどう活用し維持していくかを考えたところから始まっているという。スウェーデンでは、誰しもが家を買おうとすれば、まず「Hemnet Home」のサイトを訪れるという。そんな圧倒的な存在であっても、別のユニークな不動産会社が新たなアプローチを仕掛けてくれば、その地位が危うくなることもあろうと彼らは警戒していたのだ。現状の地位をいかに活かし、さらに自分たちを強くするのか。それが彼らが現状持っている特長、すなわち膨大なデータを活かすことだと考えたわけだ。その強さを人々にわかりやすい形で提示することが必要だった。それを可視化したものが、この「The House Of Clicks」なのだったのだ。

The House Of Clicks

このような事例を見ていて思い出したのが“ギブ・アンド・テイク”という言葉だ。これは何かを与えたら代わりに何かをもらう、何かをもらったら代わりに何かを与えるという、対等な互助関係のこと。どちらか一方だけが損することはないので、良好な人間関係を長続きさせるためのコツとも言われている。オープンソースはまずその知恵を開き、それを利用する人を増やすことでコミュニティを拡げ、カテゴリーを定着させる。さらに、その知恵をみんなでアップデートしていき、より良い知恵として育てる。まさに社会全体の共感を繋ぎ、ある物事を成し遂げていく様を現していると言える。この“良好な関係づくり”や“共感をベースに社会全体を巻き込み物事を成し遂げる”といったエッセンスは、まさにPR(Public Relations)そのものではなかろうか。その視点や思想は、今後のコミュニケーションに欠かせないものになるはずだ。