無人島脱出のチャレンジ企画番組が人気だ。主人公たちは離れ小島に放置され、最低限の持ち物でしばらく暮らしていかねばならない。もちろん、自給自足だ。とりあえず瓦礫や倒木で雨露を凌ぐスペースを整え、工夫と体力で火をおこし、山に分け入り雑草を試し食いし、海に潜り魚を捕まえる。丸焼きという原始的な調理法で、かろうじて腹を満たし、大きな葉っぱに身体を包まれ眠る。タイトルには“脱出”と付くわけで、そのゴールはもちろん無人島からの離脱なのだが、視聴者はその島での原始的な暮らし、すなわち“探し、作り、捕らえ、食し、眠る”といった人間の極めて簡素な生活のサイクルを、工夫を凝らし少しでも良い状態に持っていこうとする主人公たちの姿に感動し応援するのだ。人間というのはささやかなれど、そこに投じる自らの努力量によって、価値を上げることができるのかもしれない。大きなゴールを目指さなくとも、意外と日々の小さな幸せや満足の積み重ねで、十分生きていく手応えを感じることもできそうだ。

「あつまれどうぶつの森」は、ご存じ任天堂の人気ゲームだ。コロナ禍の2020年3月20日に発売されたが、ロックダウン環境もあってか6週間で1341万本を売り上げて、未だに品薄の状況だ。「あつ森」の特長は、ただただ日常の小さな物事を積み重ねながら暮らしていくという、派手なアクションや目指すべきゴールがないところだ。極めて牧歌的に時が過ぎてゆく。戦闘はなし、厳格なルールや時間制限もなし、倒すべき敵もいない。日常生活で困る“蚊や蜂、あるいはサソリ”以外ではと言うべきか。そして無人島生活よろしく、家を建て、部屋を飾り、釣りをし、フルーツを摘み、花を育てる。時々ご近所さんと会話し、流れ着いた客人と出会い、よその島へ旅行に出かける。そんな平穏な生活を過ごしていくうち、島自体も自然と環境は変わっていき、暮らしやすさが高まってくる。もちろん島に友人を招くこともできるけれど、基本はゆったりのんびり暮らすだけ。その創り込まないシュールな世界観は来る者を拒まないようだ。

Image : NINTENDO

あつまれどうぶつの森

任天堂より2020年3月20日に発売されたNintendo Switch用ゲームソフト。略称「あつ森」。キャッチコピーは「何もないから、なんでもできる」。これまでのシリーズの舞台は主に村だったが、新作では無人島。プレーヤーは、たぬき開発の“たぬきち”が提供する無人島移住パッケージプランに参加し、手つかずの島で2匹の動物とともにイチから生活を始めるゲームである。ナチュラルなサウンドエフェクトや風が草木を揺らす表現などにより、リアルな空気感が追求されている。また島で手に入れた素材で道具や家具などをつくるDIYをはじめ、様々な新しい遊び方ができる。同じ島に住むプレイヤーと最大4人まで同時プレイが可能。

ゆるいアニメーション、刺激を求めないユーザーの世界に、なぜかVALENTINOやMARC JACOBSといったラグジュアリーブランド、米国メトロポリタン美術館など異色の存在がここに参入し始めている。ファッションブランドは、その新作を衣装アイテムとして配布。コロナ禍で外出が制限されお洒落をする機会が少なくなった人々に、バーチャル空間内で着飾る楽しさを提供した。また美術館はゴッホや北斎など40万点以上の絵画コレクションをゲーム内に取り込んで、家に飾れるようにしている。バーチャルな世界の中でステイホームを豊かにしてもらう計らいだ。ユーザー側としては大歓迎の動きだが、その世界感を最も大切にしているファッションブランドが、ディテールを表現できない「あつ森」の世界に進出してくることはとてもミスマッチであり、ギャップを感じる人もいるだろう。しかしそれはユーザーとブランド側双方に今のところ良い影響を生み出しているようだ。ブランド側にとっては、すぐさまモノを買ってもらうということを求めず、ユーザーに近い場所に寄り添っている姿勢を評価され、ファンになってもらうことで目的を果たしているのだ。また、この「あつ森」の世界に政治からの介入さえ始まっているという。介入と言えどクレームを付けるということではなく、米国史上最年少の下院議員であるアレクサンドリア・オカシオ・コルテス議員が「あつ森」内で彼女のフォロワーを訪問し、会話をしているのだ。この事象は、以前のオバマ大統領誕生時にオバマ陣営がSNSを巧みに利用したことを彷彿とさせるような動きではないか。このように若年層と政治との接点さえも生み出しているのが日本発のプラットフォームが「あつ森」なのだ。

Image(Left) : The Metropolitan Museum / Image(Top Right) : via Twitter/@marcjacobs
Image(Down Right) : via Twitter/@MaisonValentino

ちなみにオバマ大統領の選挙戦についても少し触れておこう。これは当時のソーシャルメディアとして勢力を大きく拡大していたFacebookをベースに、バイラルビデオなどを活用した新たな選挙活動のやり方として記憶に新しいだろう。Facebookは2006年に一般開放されてから、瞬く間にその利用者数を増やした。このオバマ氏の選挙戦があった2008年には、創業者のマーク・ザッカーバーグが来日し、日本語版が公開されており、まさにグローバルにも浸透したタイミングと言えよう。元々は学生たちが情報交流するためのプラットフォームだったわけだが、それが大統領選の組織活動のコアとして活用されていったという意味で、これまた意外な組み合わせとも言える。

オバマ米大統領の選挙活動を統括したデービッド・プラフは、「デジタル技術と草の根運動を融合させた点で、アメリカ政治において歴史的だった」と振り返っている。従来のマスメディア広告の力も活用しつつ、ソーシャルメディアなど最新ツールを活用し、支援者コミュニティを広げていったわけだ。これまで我々がテレビ報道で見てきた大統領選は、各地の支援者を招いた大規模集会と個々人との対話や握手、また対立候補をこき下ろすテレビCMなどの手段に頼っていた。これは映画やドラマの見過ぎかも知れないが…。もちろんオバマ陣営もテレビコマーシャルを大胆に活用し、激戦区では2分間のCMを繰り返し流し、選挙運動の最終日には30分のCM枠を買い取ったという。だが注目したいのは、デジタルツールの大胆な投入だ。メールや動画サイトYouTube、そしてFacebook、myspaceといったソーシャルメディアでそのネットワークを拡げた。これにより、大統領選挙の鍵を握るとされる無党派層・政治的無関心層を取り込むための、個々人への直接接触が可能となったという。選挙期間内には10億通のメールを有権者に送信するなどもしており、このオンラインコミュニケーションは政治献金の収集にも寄与し、計400万件、5.8億ドル(約580億円)が支援者から寄せられた。その9割が平均85ドルほど個人による小口献金だったというから凄いことだ。

そしてまた、この選挙戦で注目されたのが、マケイン候補とのフロリダでの対決だ。そこで展開されたのが、ユダヤ人教育研究協議会が実施した「THE GREAT SCHLEP」キャンペーンである。これは激戦区のフロリダ州で票を稼ぐため、同州在住の高齢ユダヤ人居住者を説得するために立てられた特別ミッションなのだ。フロリダ州は民主党と共和党の間で常に揺れ動く州で有名だ。しかし、フロリダ州のユダヤ系の人々は、黒人候補を敬遠しがちだったためオバマにとっては不利な状況にあったと言えよう。彼のミドルネームが“フセイン”というアラブ系のものであったことや、極右勢力によって流されたデマにより、実際はキリスト教徒であったオバマ氏を彼らはイスラム教徒で反イスラエルと誤って信じていた。だが一方で、その孫世代はその改革的なオバマの政策や人柄に好意的だったのだ。そこでオバマ陣営は、この孫世代のユダヤ系の若者たちを自陣に引き込む。そして、フロリダの祖父母の元へ行かせ、保守的な祖父母に対してオバマ候補の素晴らしさについて説明してもらう作戦を立てたのだ。まさに草の根運動に、秘密兵器となる“目に入れても痛くない孫”を投入したのである。「かわいい孫がわざわざ遠くから遊びに来てくれるのなら話を聞いてやろう」「うんうん、オバマがそんなにいいと言うなら私も投票してやろう」と、いとも簡単に祖父母の気持ちを変えてしまうのだ。ちなみに「Schlep」(シュレップ)とは、“非常に退屈で、誰も喜んでやろうとしない仕事をする人”を指す。やりたくないとほとんどの人が思うから、逆に言えば“誰もやっていない領域”にもなり、まさに選挙戦における新しい領域に踏み込んだボランティア活動と評価して然るべきだろう。

そして面白いのがその仕組みだ。実は彼らを起用するキャンペーン用ウェブサイトには、彼ら若者に参加を呼びかけるオンライン上の動画が置かれ、まず彼らはそれに惹かれ参加を決めるわけだ。またそこには“トーキング・ポイント”と呼ばれる“あんちょこ”があり、彼らがオバマ候補の経歴や公約について祖父母に語りやすい仕掛けが用意されている。そして、満を持して多くの若者が、祖父母に会うため全米各地からわざわざフロリダに飛び説得に挑んだのだ。彼らの活動をCNNやニューヨーク・タイムズなど多くのメディアがこぞって紹介した。結果、400万人が協議会の動画を閲覧し、“あんちょこ”は120万回以上閲覧もしくはダウンロードされた。そしてフロリダ在住のユダヤ人からの得票数は、民主党候補として過去30年間で最高数となったという。“選挙戦とソーシャルメディア”という今では当たり前の組み合わせは、このときの“意外な組み合わせ”から始まっている。

少し話がそれたが(オバマの選挙戦は当時、まだ広告の名を冠したカンヌにおいて非常にエポックな出来事だったのでつい説明が長くなってしまった…)、このような“ミスマッチ”で耳目を集め、大きな効果を上げた事例もある。それがオーストラリアのメルボルンにある鉄道会社Metro Trainsが、事故防止啓発のために実施したキャンペーン「Dumb Ways to Die」だ。オーストラリアでは、踏み切りを無視して渡ったり、勝手に線路に降りたり、危険を承知でありながらふざけつつ、結局そんなバカげたことで事故死する人間が絶えず、増加傾向にさえあった。そこで、Metro Trainsはこれまでとは180度異なる新たなアプローチをとる。物事をマジメに聞く姿勢がないターゲットには、その目線を合わせた情報加工が必要と考え、彼らが振り向き、関心を持てるような接触を図ったのだ。

中心になるのは、YouTubeやFacebookなどにアップされた動画。情報接触経路としては目新しくはないもの、「公共広告なのにこれでいいの?」といった驚きをもたらすそのコンテンツは、「軽快で耳に残る音楽」「何ともユルいジェリービーンズ風のキモカワキャラクター」「次々と非常におバカな死に方を繰り返すシュールさ」で人々をびっくりさせると共に、虜にしてしまったのだ。そのキャラクターは、「自分の髪の毛に火をつける」「クマを棒でつつく」「賞味期限切れの薬を飲む」など笑ってしまうほどの簡単でくだらない死に方をしていく。確かに、子供に見せていい啓発内容なのかと疑いたくなるくらいだ。その死に方はどんどんエスカレートしていき、「ネットで自分の腎臓を両方売っちゃう」「瞬間接着剤を食べる」「狩りのシーズンにシカの格好をする」「大した理由もないのにスズメバチの巣をもて遊ぶ」と、どんどんブラックな内容になっていく。なんだか背徳感も手伝い、妙におかしく見える。「そんな死に方するヤツいないよ」と思うのだが、いくつかはあり得るのではとも思ってしまうようになる。そして曲が最後に近づくと、「駅でホームの端に立つ」「踏み切りが閉まっているのに無視して進む」「プラットホームから線路を渡ろうとする」といった、鉄道に関するよくある事故死のパターンが登場。そう、一連のおバカな死に方の一部として。最後は「結局、こういうのが一番おバカな死に方」だとまとめられてしまうのだ。

この動画はアップされると同時に大きな話題になり、YouTube再生回数は5000万回を越え、Facebookでのシェアは300万回以上を数えた。啓発キャンペーンソングのくせにヒットチャートでもランキング入りし、パロディソングも何百種類と生み出された。なぜこのキャンペーンが人々、特に若者に受け入れられたのか。それは受け手の立場に立って創られた接点がポイント。得てしてこのような啓発キャンペーンでは、真正面からマジメに「危ないことはやめよう!」と訴求しがち。しかしそれでは若者は聞く耳を持たない。単純な恐怖訴求ではなく、「そんな死に方はおバカなヤツがやることだ」と自分の死が人からおバカと言われることを許せない若者にこのメッセージが刺さったのだろう。もちろん、音楽とアニメーションの魅力は言うまでもなく、一度聞いたら忘れられないメロディ、雑なようだが愛らしいキャラクターの相乗効果があった。またそれに相反するようなブラックユーモアな内容がインパクトを生んだのだ。さらに、シェアしやすい環境を整えたことも、口コミが広がっていった大きな要因だ。ウェブサイトで曲がダウンロードできたり、スマホでのゲームアプリがあることはもちろん、この歌や動画のコピーやパロディなども全て許容している。駅構内での動画キャラを使った広告や、絵本やラジオ局への無料配信など、ネット以外のメディアにも広げていくことで幅広い年代へ訴求した。最終的には、同鉄道内での事故が21%も減ったという成果を出すこととなった。

Dumb Ways to Die

ミスマッチ(意外性)は人の関心を惹く。「えっ、なんで?」となれば、みんなその理由を知りたくなる。そして、ミスマッチにはもちろん様々な理由が包含されているため、さらに議論を生み、人々は理解、納得するまでそれについて語り合うのだ。会話や議論を巻き起こすきっかけを創るというのは極めてPR的なのだが、その王道の一つのやり口と言えるだろう。なお、「あつまれどうぶつの森」「Dumb Ways to Die」には、もう一つ日本的なユルいキャラクター、アニメーションを活用しているといった共通項がある。これはオンライン上でのコミュニケーションが、昨今ギスギスしたものになりがちという環境を和らげるための一つの方策としてフィーチャーされている。さらに今後、制限がかかるであろうモノづくりの環境も考慮すれば、定着していく可能性は大いにある。さらにユルさは意外性を生みやすい。この日本的な柔らかさが欧米的なものと融合されていくことで新しいものが生まれていくだろう。今後はこの分野における日本勢の活躍を注視したいところだ。なお余談だが、リモート疲れしたある会社では、たまに「あつ森」内でミーティングを行うそうだ。不思議に緊張がほぐれ、参加メンバーから活発な意見が飛び出すようになるという。ミーティングに行き詰まるとみんなで魚釣りなど遊びに出てしまうのが難ではあるが…。