ビジネスの世界でも“人となりを見る”とよく言う。その人の人間性や性格・性質などによって、ビジネスの対象として信頼がおけるのか、末永く仲良くやれるのかを測りたいというところだろう。何か頼み事をしたときには、親からよく「誰々さんとこに顔出しといで」と言われた。その貸し借りの関係性の中で、逃げることなく、常に真正面から顔を見られるということを証明するためだと思った。そう、“顔”を見せないことは信頼を失う。最近ではスーパーでも野菜や果物の作り手の名前や顔がそのパッケージに記されている。その人たちに実際に会ったことはないが、“顔”や“名前”をここに堂々と記しているのならば、リアルに存在するのだろうし、その品質も信用しても良いのではないかと思える。人の存在感や温かみは、コミュニケーションには必須のものだと感じる。そんな関係性がこのコロナ禍で寸断されようとしているが、何とかみんなの知恵で乗り越えたいものだ。

コロナ禍で様々な制約が生まれている。各国の大型イベントも延期、中止、果ては禁止までされている。もちろん多くの人が集うイベントは感染の可能性も高く、コロナへの対応策が具体化するまでは自粛するのが正しい選択だろう。ただ人間は考える葦だ。そのまま全てを受け入れるだけでなく、考え、考え、そしてそれを凌駕する。ライブイベントは個々人にとってはアミューズメント(楽しみ・娯楽)だが、ミュージシャンにとってはエンターテインメントビジネスでもある。そして、それは時によって、人によって、単なる娯楽を超えて生きるためのモチベーションにもなる。このような制約下においても、どうにか実行する手立てがないものかと考えるのは自然だ。

コロナによる様々な規制が続くデンマークでは主要なイベントは法的に禁止されている。ソーシャルディスタンスを徹底するための措置だ。図らずも、ライブホールやライブシアターを起点としたクラスター(感染者集団)が断続的に発生する中、それも致し方ないだろう。しかし、シンガーソングライターのマッズ・ランガーはその知恵を絞り、ソーシャルディスタンスを維持しつつ、ライブ感を損なわないやり方を発見した。それが“ドライブインコンサート”だ。そう、ドライブインシアターの映画上映がコンサート上演に置き換わったもの。このコンサートは開催6日前に発表され、500枚のチケットが数分で完売したという。人々のライブコンサートに対する欲求はよほど強くなっていたのだろう。

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マッズ・ランガー

1984年1月14日生まれ。デンマークのスキーベ出身のシンガーソングライター。2006年、コペンハーゲンレコードからデビュー。2009年、2作目のアルバム「Mads Langer」がヒットし、ゴールドディスクに輝き、一躍注目を集める。2011年、ソニーミュージックと契約し、拠点をロンドンを移す。2012年、シングル「Overgir mig langsomt」が初のデンマークシングルチャート1位を獲得。そして2013年、5作目のアルバム「In These Waters」が初のデンマークアルバムチャート1位を記録し、ダブルプラチナディスクに認定される。優れたメロディの自作曲を、ギターを弾きながら静かに心揺さぶるように歌うスタイルには定評がある。

コンサートでは、マッズ・ランガーの演奏がクルマのFMラジオを介して流れ、参加者はビデオ会議ソフト「zoom」を使って彼と双方向の交流ができるよう設計された。演奏が始まると、車内の観客たちはクルマのワイパーやヘッドランプを使いリアクションするなど、新たなコミュニケーションが生まれたという。また「zoom」を介して曲のリクエストなどもスムーズに行われた。演者側から見れば、クルマの姿をした観客がぎこちないリアクションをとり、声援を送るという極めてシュールな情景だったかもしれない。しかしマッズ・ランガーは「危機を冒険に変えた」とその挑戦に満足だったようだ。おかれた環境は様々あれど、最終的には人と人のコミュニケーションは何とかなるものだ。その条件下で、意思疎通しようとトライする。そしてそれが新たな手段として定着する。この事例は世界中のミュージシャンに賞賛され、勇気とヒントを与えることとなった。現在、オーストラリア人はこのコンセプトを前向きに受け入れており、その後ケーシー・ドノバンはシドニー南部のテンピにある駐車場で無料のドライブインコンサートを開催、点滅するヘッドライトで大いに賑わったようだ。オーストラリア出身であり、米国のカントリー歌手キース・アーバンも米国医療への感謝としてテネシー州で同様のイベントを実施するなど、その手法がジャンルを超えて徐々に広がっているようだ。「素晴らしいアイデアだ」と、オーストラリアのボーイ・アンド・ベアーのヴォーカル兼キーボードであるジョンハートも言う。

またクラブ大国のドイツでは、完全な音響システムと花火まで備えた駐車場でのパーティが話題だ。実際、これまでのナイトライフの在り方は、今世界中で習慣化しているソーシャルディスタンシングとは正反対のものだ。狭い空間で汗まみれになり、人々と接触を重ねるスタイルは明らかに不衛生だった。しかし、このままでは営業は立ち行かない。ドイツの文化寿命さえも縮めてしまいかねないと、各クラブのプロモーターや経営者、はたまた熱心なパーティファンたちがこういった状況下でも諦めず、パーティの再開へ向けて先陣を切った。ドイツのニーダーザクセン州シュットルフにあるクラブ INDEXは世界初の“ドライブインレイヴ”を計画。会場となる駐車場には、ステージにDJブースと大音量のフルサウンドシステムを設営。2020年4月30日から5月2日の3日間に合計250台の車(2人乗りまで)を対象にオートディスコを開催した。パーティの様子を撮影したビデオの中では、ドライバーたちがデヴィン・ワイルド、ナイテフィールド、マーヴなどのDJセットに合わせて車のライトを点滅させ、クラクションを鳴らし盛り上がる様子が映し出されている。このようなドライブインレイヴが、ドイツ各地で開催され始めたのだ。フランクフルトにあるWORLDCLUBDOMEでも、金曜日にドライブインクラブが2回、それぞれ1000人のゲストを迎えて開催された。ヘッドライナーのDJル・シュークは、 巨大スクリーンの前で火炎砲を用いたド派手パフォーマンスを披露。観衆はソーシャルディスタンシングを保つために、窓を閉めたまま車の中でショーを楽しみ、音楽はFMラジオで発信された。INDEXとWORLDCLUBDOMEはいずれも、将来こういったドライブインレイヴを増やしていくことを計画しているという。

まさにこれは“ファーストペンギン”の世界。集団で行動するペンギンの群れの中から、天敵がいるかもしれない海へ、魚を求めて最初に飛び込む勇気ある1羽のペンギンが、前述のデンマークのシンガーソングライターであるマッズ・ランガーだったと言える。ファーストペンギンは、そのチャレンジが失敗すれば、天敵にやられてしまう。ここで言えば、危険を冒してコンサートを開いた彼に対する世間からの批判であり攻撃だ。それを覚悟しながら、このようなチャレンジをして成功させたからこそ、勇敢なペンギンとしてみんなのリスペクトを集めたのだろう。リスクを恐れず初めてのことに挑戦するベンチャー精神の持ち主は、ビジネス界でも同様に“ファーストペンギン”と敬意をもって呼ばれる。余談だが“セカンドペンギン”というのもいるらしい。それはファーストペンギンの状況を確認し、無事であれば素早く次に飛び込むペンギンのこと。しかし、その二番手としてのペンギンは数えることもできないほど多く、一気にその海へ飛び込むらしい。ファーストペンギンの勇気は、仲間内にとってもとてつもなく強く大きなものなのだろう。

同様に人の存在の強さを思い知らされる事例。それはイタリアのクレモナ在住の日本人バイオリニストが行った演奏会。ビルの屋上から、医療従事者を励ますために実施された。クレモナはバイオリンの名器「ストラディバリウス」を生んだストラディバリが17世紀から18世紀にかけて活動していたイタリア北部の街。そこで新型コロナウイルスの治療最前線となっていた病院が、日本人バイオリニストの横山令奈さんに演奏を依頼した。

Image : Pro Cremona

横山令奈

1987年4月9日生まれ。大阪府箕面市出身のバイオリニスト。2006年、イタリア北部のクレモナにある国立クラウディオ・ モンテヴェルディ音楽院に留学。2011年、同音楽院を審査員一致の満点で卒業。2010年のフィレンツェ・クレシェンド国際コンクールソロの部での優勝を皮切りに、様々なコンクールで入賞、優勝を果たす。また欧州各国や米国、中国などの重要な劇場や音楽フェスティバルなどで演奏し、賞賛を浴びている。日本では二度の凱旋公演を行った。2016年に1作目のアルバム「ベートベン ピアノトリオ」(op.70 n.2「幽霊」, op.97「大公」)、2019年に2作目のアルバム「ブラームス・ドヴォルザーク ピアノトリオ」をリリース。

病院の周辺は治療用の大型テントが張り巡らされ、患者も溢れ返っている状態だ。しかしその調べは、医療従事者とウイルスと戦う患者に大きな勇気を与えた。ここで特筆したいのが、その演目だ。それはイタリア出身の作曲家、エンリオ・モリコーネが書いた「ガブリエルのオーボエ」。映画「ミッション」(米・英・仏合作)の挿入歌であり、サラ・ブライトマンや多くのクラシカル・クロスオーバー歌手がカバーしている。日本人には、フィギュアスケートの安藤美姫選手が世界選手権の優勝時に使用していた曲として記憶にあるかもしれない。この曲のコンセプトは“異なる文化の垣根を越える”。日本人がイタリア人に向け、この曲を演奏した背景にはそんなこともあったかもしれない。横山さんは高校卒業後にクレモナに渡り、地元に保管されているその価値数億円にも及ぶ展示楽器の音色を訪問者に聴いてもらう演奏会のメンバー。地元に溶け込み、外国人ながら地元バイオリニストの顔ともなっていた彼女が演奏するということに、その地域の結束を固める意味が込められていたのだろう。

このように“その人”を通じてこそ伝わることはある。同じ言葉でも誰が発するかによって、その価値や効果は全く異なるものになる。「The Most Popular Song」はプエルトリコの銀行が仕掛けたキャンペーン。就業率が低く、国民の60%が生活保護を受けているプエルトリコ。さらにリーマンショックで不況は進み、いくら探しても仕事が見つからない状況にあった。一方で、なんとプエルトリコでは“働きたい人を見つけるのが大変”というほどの国民性もあるという。そう、根っからのお気楽主義だというのだ。国民の多くが同様の考え方を持つ中、誰かが注意してもその考えが改まろうはずもない。ましてや家長であるものがそのような状況では、妻が怒っても、子供が泣いても、実父や実母が叱っても嘆いても、何も変わらない状況だった。国全体である種、当たり前になっているこの状況を変えなければ、正直、国が潰れてしまう。国家経済を憂いたこの国最大の銀行Banco Popularは国に頼らず自ら、国民の意識改革に挑むこととなる。

怠惰な生活を良しとする国民の意識を、いかに勤労な国民性に変えていくか。そこで先の問いを突き詰めて考えてみる。“一体、誰に言われれば最も効果があるのか”。そしてその語り部に選ばれたのが、世界的に有名なプエルトリコ出身のサルサ・バンドであるエル・グラン・コンボだった。実は彼らは、その国民性を形作ったかもしれない歌の歌い手。その国民的人気ソングは、「Y No Hago Mas Na'」(私は何もしない)というこれまたお気軽者のための歌なのだ。その歌詞は…。

朝起きて シャワーを浴びて香水を振る たっぷり朝飯を食べて そして 他には何もしない
その後で 新聞を読んで 訃報までチェックする じゃなきゃドラマでも観る そして それだけ
12時になったら 牛肉と豆の煮込みと ご飯のリッチな昼飯
その後には ハンモックに揺られ シエスタ(昼食後の昼寝)を楽しむ 2時間寝ることもあるし もっと寝ることもある そして それだけ
3時頃には起きて おいしいコーヒーを一杯 タバコを一服して ギターを手に取り 歌を唄う
晩飯の時間になったら 嫁が作ったステーキとフライドポテト サラダと色々な料理… それを食べて 他には何もしない
そしてバルコニーに出て 偉人のように椅子に揺られ 嫁と話す
そうさ! 眠くなったらすぐ横になり 朝まで眠る 他には何もしない
ああ 何ていい生活だ 働かずに飯を食べる
聞いてくれ! 俺は汗水たらして働くなんてゴメンだ 時間の無駄さ 俺は変わらない!! ああ 何ていい生活だ 働かずに飯を食べる
誰が仕事なんかする? 俺が? 他を探せよ! やろうとしたことはもうやったんだ!

そう、なんともうらやましい生活ではないか。本当にこんな生活ができるのなら歓迎だが、その先には破滅が待っていると知っていて、この歌を受け入れられるだろうか。そこで、このグウタラ賛美の歌を180度転換。勤労称賛の歌詞に書き換え、再レコーディング。そして無料コンサートで国民に聴かせることとした。みんな、あの“ぐうたら節”を聴くために集い、人生の先輩を仰ぎ、さらにグウタラでいようとしたのに、彼らは変わってしまっていることに参加者は衝撃を受けるのだ。とはいえ、何だかんだこの曲は音楽チャートのトップに返り咲き、プエルトリコ全土に「もっと働こうぜ!」と説教する。人生の先輩だ、仕方ない。家族もこの歌を口ずさむようになる。働くか…。結果、Banco Popularのイメージも80%向上。国民へは不意打ちを食らわせたが、それをきっかけに会話を生み出し、意識改革は遂行された。

The Most Popular Song

人の存在は大きい。様々なコミュニケーション手段はあるが、人の所作、表情、声のトーンなどを感じつつ行うものと、それ以外では大きな隔たりがある。よくPRでも“人が見える”“顔が見える”コミュニケーションが大切だと言われている。人が見えるということは、それがリアルであることの証だ。存在を感じられてこそ、人は信じるし動く。そして相互理解も深くなる。今世界ではソーシャルディスタンスが新たな生活様式の絶対的ルールであり、一方で日常生活における一番大きな障害となろうとしている。現にリアルな場でのライブコンサートなどでは、6フィート(約1.8m)の距離を保つ、入場時の体温測定、マスクの着用などが求められる例もある。しかしその距離を隔てながらも、より人と人が繋がれる場の在り方を想像し、それを様々な形で実現させていく取り組みも始まっている。ここで取り上げたグッドニュースは現時点で受け入れられつつあるやり口である。正解がすぐに見つからなくともこういったチャレンジを続けて、我々は新しいやり口をどんどん発見していくことになるのだろう。