「うさぎは淋しすぎると死んでしまう」「人はみな一人では生きてゆけないものだから」。多くの歌にもあるが、孤独はその生きる希望を奪ってしまうのかもしれない。誰かと繋がっている感覚、それさえあれば頑張れることも多い。

これからしばらくの間、移動制限やソーシャルディスタンスは当然のことながら残り、かつてのようにグローバルが境目なく繋がっていたような感覚は戻らないだろう。いや、感覚でなく、物理的にもだ。今回、グローバルでは各国が分断され、日本国内では各県境の往来が要請ではあるものの閉ざされた。その影響で、各所での行動や判断がそれぞれ促されることとなった。各都道府県の知事たちも、覚悟を決め、その住民らのことを第一に考え、そのコミュニティを守り存続させるために動いた。それは行政側のみならず、コミュニティに属する個々の人々においても同様だった。知事たちの言動に耳を傾け、賛同し批判し、みんなでより良き方向を目指そうと努めた。コロナ禍で最前線を守る医療機関も、その土地に紐付き、そのエリアの感染拡大を止めるために地元と連携し対策に努めた。まさにコミュニティに欠かせない存在であり守護神と言える。

世界でも感染の広がりが著しい米国ニューヨーク州。2020年3月27日の金曜日午後7時、コロナ禍で自宅待機をする人々が部屋の窓を開け、医療従事者やファーストレスポンダー、デリバリー、食料品店、薬局スタッフなどのエッセンシャルワーカー(不可欠な労働者)に対して、拍手や声援などで感謝の気持ちを伝えた。人々は窓から身を乗り出し、2分間絶え間なく拍手し、口笛を吹き、楽器を鳴らした。それは勇気を持って最前線でコロナ禍に臨み、街を救おうとする勇者たちへの感謝であり敬意であった。また市民ならず、同じくエセンシャルワーカーであろう消防隊員たちも、わざわざ病院の前に来て拍手をしていたという。この街全体でのアクションはすぐさまソーシャルメディアで拡散されることとなる。市民らは“#ClapBecauseWeCare”のハッシュタグを付けシェアし、この活動をどんどんその範囲を拡げていった。そう、どの地域、どの国の人々も、同じ気持ちを持っていたから。ニューヨークではそれが習慣化し、毎日午後7時にはこの拍手がされるようになっている。

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同様の活動は時を同じくしてシアトルでも行われており、こちらは「Make a Joyful Noise」(#MakeAJoyfulNoise)として呼ばれていたようだ。ニューヨークではその活動がさらに発展。今度は夜7時2分から、みんなで一緒に歌を唄うという新しい市民活動、名付けて「New York Sings Along」(#NewYorkSingsAlong)も始まったという。この合唱は「Peace of Heart Choir」(心の平和合唱団)というニューヨークのボランティア団体が企画したらしい。さらに地元のラジオ局のWKCR(89.9FM)とWBAI (99.5FM)が協力し、毎週木曜日の夜7時2分から、ニューヨーク市全体が一緒になって歌を唄うことになったのだという。毎週、曲は変わる予定だが第1回目に唄われた歌は、フランク・シナトラの名曲「New York, New York」。まさに街を愛する者たちが合唱するには最適な曲だったと言えよう。

ロンドンでも同様に「#ClapForOurCarers」のハッシュタグで医療従事者や介護スタッフに向け拍手を送るキャンペーンが行われた。これは、最前線で働く国民保健サービス(NHS)や介護職員などに感謝するために有志が企画したもの。予定の午後8時になると、全国のバルコニーや窓から一斉に拍手や口笛が鳴り響いた。これには英国首相のボリス・ジョンソンや王室関係者も参加しているという。そして、4月にはようやく日本でもこの活動が始まったのだ。

彼らに対する社会の感謝の気持ちは本物だし、国や企業が発信するメッセージももちろんありがたいはずだ。しかし何にも増して励ましとなるのは、やはり親しい人たちからのもの。医療従事者をはじめとするエッセンシャルワーカーたちにとってみれば、自身が働くそのエリアの人々から感謝と敬意を示されるのなら勇気百倍に感じることだろう。人の連帯は大切だ。誰かと繋がっていることで勇気が出て、頑張っていける。それを自分も知っているから、こういったアクションが人々の中から自然と巻き起こってくるのだろう。

自分だったら何をされればうれしいか。この逼迫した状況で勇気を奮い立たせるのは、カネでもモノでもなく、人の言葉や行動なのだ。それを支える人の繋がり、コミュニティなのである。人は自身のアイデンティティを出身地や生活圏と紐付けて理解していく。また自身の街に対する義務や責任にも積極的になっていく。帰属意識がその存在の拠り所ともなるのだ。

ドイツで行われたコミュニティ起点の事例をカンヌライオンズからも見てみよう。ハンブルクはドイツの北部に位置し、エルベ川河口から約100kmほど入った港湾都市。ハンブルク国立歌劇場はヨーロッパ屈指の長い歴史を有し、バロック音楽中期のイタリアオペラ全盛期であった1678年の初公演からドイツ語オペラ上演を盛んに行っていた名門オペラハウスである。専属オーケストラはハンブルク・フィルハーモニーの名でコンサートも行う。実はビートルズが下積み時代にハンブルクで活動していたことでも知られ、その英国デビューは“ハンブルクから来た男たち”の触れ込みで行われたためドイツ人バンドと誤解されたというエピソードさえある。しかし近年、この都市においてもクラッシック音楽は退屈で、古臭いというイメージを持つ人が増え、コンサートホールに来る人は減っていた。色々な策が講じられたが、従来のアプローチでは人々にホールまで足を運んでもらうことは至難の業だった。そこでハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団は、ハンブルクの人々がコンサートホールに来ないのであれば、こちらから人々のところに出向いてライブ演奏をしようと試みた。世界最大のコンサートを開き、ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団がいかに素晴らしい音楽を奏で、人々に勇気や娯楽を与えるのかを納得してもらいたいと考えた。

しかし、このプロジェクトを遂行するには3つの難問が待ち構えていた。まずは資金を援助くれるスポンサー探し。2 番目はハンブルクの街の 50 カ所の場所で演奏する 100 人の演奏家への説明である。誰一人コンサートホールにこないで、別々の場所で演奏するという初の試みであり、やり方さえ危うい状態であった。3 番目は技術上の問題である。計画としては、指揮者の様子がライブでテレビ放送され、様々な場所に分かれた演奏家がそれを観て演奏するということだったが、実際にその映像を各所に届けられるのかが不明だった。準備段階では、とにかく数多くのテストを行い、ついに100 人の演奏家は「ブラームス交響曲第 2 番」を街中の50カ所に分かれて演奏した。演奏家たちはハンブルク市内を大きなオーケストラステージに見立てたうえで、通常ステージと同様の楽器配置を拡大した形で配置された。そのため、それぞれの演奏家がダウンタウンや港、オフィス街の屋上、中央駅、カフェ、テニスコート、トンネル、教会など多様な場所で演奏することとなった。この試みはドイツのみならず、海外のメディアでも報道され賞賛を受けた。ギネス世界記録にも登録され、チケットの売上は 12.3 %上がった。

CONCERT FOR THE PEOPLE.

もう一つ、街と人の繋がりを強めた事例を紹介する。Googleがイタリアのトスカーナ地方の小さな村フチェッキオと取り組んだ「Local Heroes」だ。イタリアには6000もの小さな村が存在する。その村の建物、彫像、食べ物などの全てが、彼らがその土地で育んできた独特の文化を語る存在だ。しかし、ただ一つだけ、その役割を果たさないものがある。それぞれの村に存在する“道路”なのだ。大抵の街や村の通りの名前は同じようなものが冠され、何かを主張しているか、あるいは何かの歴史を表しているかというと実はそんなこともない。このプロジェクトでは、せっかくだからこの通りも活用し、村の住人と共にその歴史を村に移植していこうとする。その通りの名は既存のものから、そのコミュニティで重要な役割を果たしてきた個々人の名前に置き換わるのだ。住人にとっては自分の名前が通りに冠されるわけで、こんなに名誉なことはない。

応募するにはマイクロサイトを通じて、彼らの人生の物語と、なぜ彼らが村を代表する記憶として値するのかを書き込み応募する。併せて、どの通りに名前を冠したいかをGoogleマップから選択する。彼らの主張がアップロードされると、まずは承認のために指定された委員会で検討される。委員会の承認が下りた後、実際のストリート名は新しい名前、すなわち“その土地のヒーロー”の名前に置き換えられるのだ。そして標識には位置情報を発信するビーコンが埋め込まれ、人々は街路においてその“ローカルヒーロー”たちのストーリーを学ぶこともできる。小さな村には、代々語り継がれるような特徴ある住人がいるものだが、それを人の言葉で語り継ぐだけでなく、通りの名前として冠し、デジタルでも記録を残すことができるのである。

この取り組みには、住人2万3492人中、約82%にも及ぶ1万9321人がサイトを通じて参加したという。そしてこの取り組みはフチェッキオの村で歓迎され、周辺の23の小さな村でも同じプロジェクトに取り組んだ。近い将来消滅しかねないわずかな人口のコミュニティで、その歴史や人をしっかりと記録して記憶する活動は、コミュニティと人の繋がりの深さを表現しているといえよう。

Local Heroes

コミュニティは人の存在を支える重要な場所だ。生活する物理的なスペースとしても、また精神的な繋がりにおいても。今回のコロナ禍をきっかけにして、今後は小さなコミュニティ単位での活動がとても重要になってくるだろう。人々がお互いの存在を知り、お互いの顔を見ながら暮らすコミュニティでは、それぞれの環境を共有しながら関係性を強化し、繋がりを維持していくことが重要になる。これはコミュニティ内の人間同士ということだけでなく、そのコミュニティに近く存在する企業などの存在も然りだ。お互いに良い関係性を維持し、小さく近い関係だからこその強みを持てるはずなのだ。一方、これからのコミュニケーションにおいて、敢えて小さいコミュニティにターゲットを絞ってアプローチしていくことも当たり前になってくるだろう。より強固な関係性を有しているコミュニティと相互関係を築けるのであれば、それは企業側にも強みとなる。コミュニティ内での象徴的なアクションを形作り、それが各方面へ自然に展開していく。そういった段階的な施策という設計も、これからのコミュニケーション戦略策定において重要なパートを占めてくるはずだ。